野球界の「レジェンド」として、数々の金字塔を打ち立てたイチロー氏。その驚異的な記録と孤高の存在感は、常に世界中の注目を集めてきました。しかし、その偉業の達成を陰で支え続けたのが、5歳年上である兄、鈴木一泰(すずき かずやす)氏の存在です。今回は、「アニロー」の愛称でも親しまれる一泰氏の多才な経歴や、イチロー氏との感動的なエピソード、そして現在の活動について詳しくご紹介します。
イチロー氏の兄 鈴木一泰氏の驚きの「異色」経歴
イチロー氏の兄である一泰氏は、弟とは異なりプロ野球の道には進みませんでしたが、非常にユニークで多岐にわたる経歴を持っています。高校・専門学校で建築を学び、その後は工務店や建設会社でサラリーマンとして働き、難関の一級建築士の資格も取得されています。この建築の道から、28歳で一転してデザイナーに転身するという異色のキャリアを歩まれました。この決断が、弟の活躍をサポートする重要なきっかけの一つとなりました。
デザイナーとしての成功とイチローブランドへの貢献
建築からデザイナーへ転身した一泰氏は、1997年にアメリカでアーバンスポーツブランド「SUW(スゥー)」を立ち上げ、成功を収めました。このブランドは、スポーツウェアでありながら街でも着られるカジュアルなデザインが特徴です。さらに、一泰氏は弟であるイチロー氏のオリックス時代のブランドを手掛けた実績もお持ちです。この経験は、兄弟の絆が仕事の分野でも結びついていたことを示しています。弟のプロ意識を理解する兄だからこそ、実現できたコラボレーションだと言えます。
兄弟を繋ぐ深い絆 登場曲選定のエピソード
イチロー氏が打席に向かう際に流れていた、お馴染みの登場曲。実はこの曲をイチロー氏に提案していたのが、兄の一泰氏だったというエピソードがあります。イチロー氏がメジャーで活躍していた頃、一泰氏が「どう?」と送った曲に対し、イチロー氏から「これにしよう」と返答があったと報じられています。このエピソードは、イチロー氏のストイックなイメージとは裏腹に、兄弟の間で深い信頼とコミュニケーションが取れていたことがうかがえる、感動的な一面です。
ニックネームは「アニロー」モノマネ芸人との意外な交友関係
一泰氏は、野球ファンやメディアの間で親しみを込めて「アニロー」の愛称で呼ばれることもあります。そのフレンドリーで柔和な人柄は、あるモノマネ芸人との意外な交流からも見て取れます。イチロー氏のモノマネで知られる「ニッチロー’」さんと、一泰氏が非常に親しくされていることが報じられており、「イチロービジネスで飯を食っている2人」と冗談交じりに揶揄されながらも、明るく交流される姿は話題になりました。
現在は多岐にわたる「マルチ」な活動を展開
一泰氏の現在の活動は非常に多岐にわたっています。デザイナー業に加え、近年ではご自身の建築の経験も活かし、テーピングにカラフルなデザインを施したスポーツ用テーピングの開発・普及に注力されています。また、東京で焼肉店のプロデュースに関わるなど、飲食業にも進出されていた時期もありました。スポーツ、デザイン、建築、飲食といった複数の分野で才能を発揮する一泰氏は、弟に負けないほどのマルチな才能を持つ人物であると言えます。


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